咲くのも散るのも美しく。50代の微妙な日々を前向きに綴ります。


by sakura-saku-tiru

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台風です。追記あり。

現在、午後2時過ぎ。

大型台風初上陸とのこと。

皆さま、ご無事でしょうか。

こちら、中通りは、いまのところそれほど激しい風雨はありません。

夕べから、降ったりやんだり。吹いたり。

と、書いているうちに、雨脚が強くなってきたようです。

今日は、家でおとなしくしております。

天気予報、外れて、
大きな被害が出ませんように。


以下、追記。
午後4時には、青空が見えてきました。
どうやら、当地は直撃を免れたようです。
海岸沿いの皆さまの、ご無事をお祈りいたします。



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by sakura-saku-tiru | 2016-08-30 14:06 | Comments(0)

物語と真実。

イギリスの偉大なるストーリーテラー タフィ・トーマスの語る物語より

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(写真中央がタフィ・トーマス)

「ストーリーとツゥルース」(私の再話)

 昔、あるところに男がいました。
その男は、目にも綾なる美しいコートをまとっていました。
ふくよかで、優しいまなざしをした男でした。
その男は、どこに行っても歓迎されました。
お茶をだしてもらったり、食事をよばれたり、時には家に泊めてもらうこともありました。

 ところが、あるところに女がいました。
その女は、清潔ながら粗末な衣装を身に着けていました。
やせぎすで、目をギラギラとひからせた女でした。
その女は、どこに行っても、嫌がられました。
彼女が近づくと、人々は目を伏せ、戸をぴしゃりと閉めました。

 ある時、その男と女が出合いました。
女は男に聞きました。
「あなたは、どうしてどこへ行っても歓迎されるのですか?
 私はどこでも、嫌われるのに」

それに答えて男が言いました。
「私の名前はストーリー。
 人々は、私に心を開き、話に耳を傾けてくれます。
 あなたの名前は?」

女は答えました。
「私の名前はツゥルース。
 人々は、私には心を閉ざし、耳を貸そうとはしません」

そこで、男は言いました。
「それならば、私のコートの中におはいりなさい。
 そうすれば、きっと、良いもてなしが得られるでしょう」

その時から、ストーリー・物語の中には、
ツゥルース・真実が見え隠れするようになったのです。



 教訓:本当のことを言うと嫌われる。
    本当のことを伝えたい時には、物語のオブラートに包むのが良い。
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by sakura-saku-tiru | 2016-08-18 19:59 | Comments(5)

物語に託す思い。

現実的な話をしても、納得してもらえることはなかなか難しい。
古来より、人は自分の思いを物語に託してきた。


良寛さんの「丁度良い」

お前はお前で丁度良い

顔も体も名前も姓も、それはお前に丁度良い

貧も富も親も子も、息子の嫁もその孫も
それはお前に丁度良い

幸も不幸も喜びも、悲しみさえも丁度良い

歩いたお前の人生は、悪くもなければ良くもない
お前にとって丁度良い

地獄へ行こうと極楽へ行こうと、行ったところが丁度良い

うぬぼれることもことも無ければ、卑下することも無い
上も無ければ下も無い、死ぬ月日さえも丁度良い

御仏と二人連れのこの人生が
丁度良くないはずが無い

お前にそれは丁度良い

http://abetoshiro.ti-da.net/e1987396.html



良寛さんが詩を書いた?
と、疑問に思っていたら、どうやらこの詩の出典は以下のようであるらしい。

お前はお前で丁度よい
顔も体も名前も姓も
お前にそれは丁度よい
貧も富も親も子も
息子の嫁もその孫も
それはお前に丁度よい
幸も不幸もよろこびも
悲しみさえも丁度よい
歩いたお前の人生は
悪くもなければ良くもない
お前にとって丁度よい
地獄へ行こうと極楽へ行こうと
行ったところが丁度よい
うぬぼれる要もなく卑下する要もない
上もなければ下もない
死ぬ月日さえも丁度よい
仏様と二人連の人生
丁度よくないはずがない
丁度よいのだと聞こえた時
憶念の信が生まれます
南無阿弥陀仏
「丁度よい」は、
石川県野々市町の真宗大谷派常讃寺坊守、藤場美津路(みつじ)さんが、
月に一度発行する寺報「法友」の82年2月号に掲載されたものでした。
最初の題は「仏様のことば(丁度よい)」。
「仏様の声が頭の中に聞こえてきたので、そのまま書き取りました」という
ことのようです。
信者ら70人ほどに配ったところ、書き写して友人に贈ったり、コピーして
配ったりが繰り返されて、全国に出回るようになった。
いつしか題は「丁度よい」だけになり、宗教的な色彩の強い最後の5行が省
かれ、作者も良寛に。
藤場さんは、「間違われた良寛様も苦笑なさっておられるのでは。この詩は、
「自己否定の苦悩の中に聞こえた仏様の慈愛の言葉です。
安易な現状肯定ではありません」
と話されたということです。

(山や、スキー場、他観光地では終わりの5行を省いて、良寛の「丁度よい」
という木札などで販売されていますが、作者は 藤場さんです。)

http://web1.kcn.jp/strngr/who-asita2/choudo-yoi_RR.html



いずれにせよ
人の心を打つ詩や物語は、こうしてインターネットという新しい媒体を通じて広がっていく。

このように広がる民話は「ネットロワ」と定義される。

インターネットに関わる者として、
せめて、人の心に残る温かい物語を提示してきたい。
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by sakura-saku-tiru | 2016-08-13 20:49 | Comments(2)
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FATEの会場には、さまざまなショップもありました。

このピアス、ネックレスとセットで私に連れて帰ってと、アピールすることしきり。

あわせて10£なら、頑張った自分のご褒美にちょうどよいと、
連れて帰りました。


ピアスをはじめて着けたのは、45歳の時でした。
人生の分岐点で、自分の決意表明としてのことでした。

あれから、10年。
私の人生は、これで良かったのだと思います。

あのころ離婚を覚悟していた夫とも、うまくやっています。
離婚するつもりでいた時に同居となった姑とも、なんとかやれています。

自分の人生を自分で引き受ける覚悟が試されていたのだと思います。

ピアスの穴を空けるために行った皮膚科で、看護婦さんとドクターとそれぞれに

キレイな耳ですね。

と、誉められました。

え、耳?

自分では良く見たこともない部位でしたが、
誉められて、とても嬉しく思いました。

私、ずっと否定されてばかりの45年だったけれど、
もしかしたら、良いところが他にもあるのかもしれない…
と、思いました。

それからです。
47歳で大学院生となり、50歳で仕事をはじめ、54歳で博士号をいただき、55歳でイギリスで語りました。

人生棄てたものではありません。

顔も見たくなかった夫ですが、
今では、かけがえのない人、愛する夫と心から思えます。

姑とは、お互いに大嫌いな関係から
縁あって、家族になったのだから助け合いたいと、
(まだまだ、自分にいい聞かせているところですが)
おそらく、自然にそう思える日も近いと感じます。

自分の人生を、だれかのせいにしないで自分の責任で生きていく。

そう、思った時に、
親からもらった耳の形を誉められて、
私は、とても勇気を貰いました。

だから、自分のご褒美に、ピアス。

これからも、そうします。

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by sakura-saku-tiru | 2016-08-05 19:45 | Comments(2)

ターコイズのピアス。

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暇だと落ち着かない。
仕事してた方がいいかもね。

夏休みにつき、ちょっぴり時間に余裕がある。
余裕があると落ち着かない、とは、あまり健全な状態ではないわね。

ただ、存在すること。
なにもしないで、そこにいること。

それでいいんだよね。
どこにもいかなくても、ちょっとだけおしゃれして。

なかなか、なにもしない自分を認められない猛暑の昼下がり。
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by sakura-saku-tiru | 2016-08-04 16:06 | Comments(0)
この旅のメイン・イベントは、FATE(Festival At The Edge)での語り。
その前夜、念入りにリハーサルを行う。
私は「天福地福」を語るのだが、

Do you know Fukushima?に対してNo!と反応が出た場合に備えて次の一文を加えた。

In 2011, mega quakes, tsunamis and nuclear crisis occurred in Fukushima.

すると、会場からは「ああ、はいはい、思い出したよ」という反応があった。聴き手を味方につけた「天福地福」はたどたどしい英語ながら生き生きと民話の命が輝きだし、力強い拍手と声援と共にステージを降りることができた。

そうか、知らないのではなく忘れていたのだ。イギリスの人びとには、極東の小さな島国の5年前の出来事に心を留めておく余裕がなかったのだ。私たち日本人も、ヨーロッパの不安定な情勢をどれほど理解していることか。頻発するテロ。不安定な経済。移民問題。イギリスではEUからの離脱を問う国民投票が行われたばかりだ。
 
科学や文明の進歩に人間の「心」が追いついていない。世界中に、文明と人の「心」の乖離による不幸が満ちている。福島のみならず「アイデンティを喪失」した人々が世界中にいる。それが今回のイギリスの旅で見えたことだ。

文明と「心」の乖離を埋めるのは、物語であると信じたい。世界中の人々の「心」の復興のために、私はこれからも語っていく。それが今を生きる語り手の使命だと思うから。

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by sakura-saku-tiru | 2016-08-04 12:28 | Comments(2)