咲くのも散るのも美しく。50代の微妙な日々を前向きに綴ります。


by sakura-saku-tiru

今度は仲間が亡くなった。

訃報が続く。
仲間が亡くなった。58歳で。
お通夜と告別式が、祖母と同日。
困った。

58歳。
闘病四年あまりと記憶する。
奇跡は起きなかった。

まだまだ、生きていたかったろう。
ご家族ももっともっと、生きて欲しかったろう。
私たちの祈りも空しく、天に召された。

先日、我が家のギボのこれからについて、ケアマネさんがきて相談にのってくれた。

ケアマネさんがギボに
○○さんは、どうしたいですか?と尋ねると

早く行きたいです、と答えた。

どこにですか?ときくと、

あの世、と。

私と夫も何度も聞いたフレーズだ。ギボは、否定してほしいのだが、身内はイラッとしてしまう。
ケアマネさんは静かに、そのお手伝いは出来ませんから、この世でできることをさせてください、と答えてくれた。

あの世に行きたくなくても行かなければならない人がいる。
この世で生きるのが辛くても生きなければならない人もいる。

すべてを神仏にお任せして、生きている限りは、生かされていることに感謝して丁寧に日々を送りたいと思った。


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Commented at 2017-10-08 21:17
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hisako-baaba at 2017-10-10 05:53
お祖母様のご冥福をお祈りいたします。
99歳までお幸せだったお祖母様。
生きるのが辛いのに生かされていることを嘆かなければならないお姑様。なにがちがうのでしょう?
若くして亡くなる方の無念さ。色々考えてしまいます。
Commented by sakura-saku-tiru at 2017-10-10 08:56
鍵コメントさま

お父様、そうでしたか。
義父、つまり義母の夫は59歳で亡くなっており、生きていれば、私の祖母と同じくらいらしいです。私は、三度ほど会ったことがあります。

義父が亡くなったとき、義母は50歳そこそこだったと思います。早かったですね。

家族で話し合うと感情的になるので、プロが介入してくれるのはありがたいです。先日の話し合いでは何も結論は出ず、これからできることをいくつか提案してもらいました。施設入居も一つの選択肢ですが、本人は、自分では決められない。ゆっくり考えてください、と、そこまでの話でしたが、プランが具体的に提示されたのは大きな前進です。

Commented by sakura-saku-tiru at 2017-10-10 09:06
hisakoさま

祖母は幸せだったと思います。内孫四人とそのひ孫7人がお別れの言葉を述べてくれました。心温まるエピソードがちりばめられた、悲しいけれど清々しいお別れの言葉でした。身内ながら、感動しました。

ギボは、口癖が「私は、どうも不幸だ」なので、つまり、カマチョ(と今の言葉ではいうらしいですね、かまってちょうだいを)なので、可愛そうだけど、かまいたくなくなってしまう。

嫁もいつまでもここで愚痴をこぼしてはいられないので、カマチョになる前にかまってあげたらいいのですね。分かってはいます。頑張ります。

若い方が逝くのは辛いです。言葉がみつかりません。
Commented at 2017-10-11 10:33
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sakura-saku-tiru at 2017-10-11 19:04
2番目の鍵コメントさま

カマチョ、は、自分が見つめられないからそうなるのでしょうね。クレナイ族と、いうのも同じ分類になるのでしょう。○○してクレナイ、△△してクレナイ、と。

真逆に、吾ただ足るを知る、という考え方がある。年金がある、家がある、家族がいる、それだけでどんなに幸せか。

亡くなった祖母は最晩年、ひ孫としりとりをしたり、ひ孫の習いたての英語で

My name is Asaso.

って、言ってみ!なんて言われて、言わされたり楽しく遊ばれていたようです。ゆったりと、ニコニコしていれば、孫もひ孫も、娘も息子も寄ってくるのですね。

私も、あのようなバアちゃんになりたいです。
by sakura-saku-tiru | 2017-10-05 20:13 | Comments(6)